8月17日インドネシア独立記念日に独立戦争と日本の支援ついて考えてみる

生活、文化

8月15日、日本の終戦記念日の2日後8月17日はインドネシアの独立記念日です。日本も大きくかかわっており、ぼくもですがインドネシアに住む日本人にとって何かと考えさせられる時期じゃないでしょうか。

今回はインドネシアの独立と日本の独立支援にフォーカスしてしてみようと思います。前半ではインドネシア独立戦争で日本がどのように関わったか、後半では日本占領下のインドネシアでどのように独立準備が進められたかについて書いていきます

8月17日インドネシア独立記念日

1945年8月17日はインドネシアが独立した日ではない

インドネシア人も含めたくさんの人が勘違いしているのはインドネシアが独立した日についてです。

宗主国オランダがインドネシアの独立を承認したのは独立宣言の4年後の1949年12月27日ハーグ円卓会議にて、というのが事実です。そこで初めてオランダ領東インドは独立しインドネシアという国が誕生します。

国際的にはそういう流れなのですが、インドネシアとしては独立を宣言した1945年8月17日を独立記念日として定めています

インドネシア独立戦争

1945年に独立宣言をし1949年にオランダが独立を承認するのですが、この4年間は独立宣言をしたインドネシアとそれを認めない宗主国オランダの間でのインドネシア独立戦争の期間です。

インドネシア独立宣言後(国際的にはまだオランダ領東インド)宗主国のオランダはジャカルタに戻って来ます。インドネシア軍は拠点をジャカルタからジョグジャに移し武力による抵抗と外交を4年にわたり続けました。最終的には国際世論の圧力もありオランダはインドネシアとしての独立を認めることとなります。

日本も大きくかかわっており特に以下の3点抜きには語れません。

  • 独立派への武器の引き渡し
  • 元PETA/ペタ(郷土防衛義勇軍)と兵補の活躍
  • 独立戦争に参加した日本人

独立派への武器の引き渡し

日本は敗戦後、連合軍より東南アジアの各占領地域を現状維持のまま引き渡すよう命令されます。武器の引き渡しも厳禁とされておりインドネシア独立派との衝突も起きました。それでもインドネシアを独立させたい日本軍はひそかに武器の横流しをしインドネシアの独立を支援します。

下のYouTubeリンクでそれにかかわった元日本軍のインタビューを見ることができます。

元PETA/ペタ(郷土防衛義勇軍)と兵補の活躍

長い間オランダの植民地化にあり、軍事活動を禁止されてきたのになぜ武器を使って戦うことができたのか? それは日本の占領下にあった時代にPETA/ペタ(郷土防衛義勇軍)を作っていたからです。インドネシア人部隊長がみずから各々の部隊を率いる民族軍部隊として構想され、 日本が軍事訓練を行いました。日本の敗戦によって解散するのですが、元ペタの将兵と元日本軍の武器が独立宣言後のインドネシア国軍の基礎となりました。

ペタとは別に元兵補も戦闘に加わりました。兵補とは現地人補助兵の事で日本軍とともに行動していた人達です。特に優秀だったため最新の武器が与えられ精鋭部隊が組まれました

*ペタ=インドネシア独自の郷土防衛義勇軍、兵補=日本軍現地人補助兵

インドネシア独立戦争に参加した日本人

日本人としてインドネシア独立の為に戦った元日本軍三千人の事は忘れてはいけません。この三千人の内千人が戦死、千人はインドネシア独立後日本へ帰国、千人はインドネシアに帰化。帰化した人たちはインドネシアの英雄とされ、亡くなった後ジャカルタのカリバタにある国立英雄墓地に埋葬されています。

ちなみに人数に関しては諸説あり、もう少し証拠を探してみる必要がありますが、、。今回紹介したYouTubeの中で言われている数字も800人、2000人、3000人とバラバラです。

下のリンクでは残留日本兵のお話を聞くことができます。撤退することを決めた日本に背きインドネシアの独立の為戦った残留兵は、日本からは脱走兵とみなされます。その苦悩などを聞くことができます。

次もおすすめ。ほぼ編集なしでインタビューをそのまま動画にしてるので長く感じますが、だからこそ元残留兵のお話がすごくリアル。ここまで詳しくインドネシア独立戦争について語られているのはとても貴重です!①~⑤まであるのでぜひYouTubeに飛んで見てください。特に①の最後から②の初めにかけて日本の敗戦後オランダが戻ってくるときの人々の心情などリアルに話されています。

お話によると当時、オランダが戻ってきたとき戦おうと思っていたインドネシア人は1/3程度。ナショナリストかイスラム系の団体のみで、その他は戦争が終わるならオランダ統治時代に戻ればいいと思っていたようです。戦ったからこそ今のインドネシアの独立がある訳ですが、確かに一般市民は戦争なんてしたくないのは普通の感覚ですよね。

日本の占領下での独立準備

時間軸が前後してしまいますが、ここからは日本のオランダ領東インドへの進攻と占領下でのインドネシア独立準備について説明します。

日本軍のオランダ領東インドへの進攻

日本がオランダ領東インド(現インドネシア)に来る約1か月前、1941年12月10日オランダが日本に宣戦布告。これにより日本とオランダが戦争状態に入ります。そして1942年1月11日日本軍がオランダ領メナド(スラウェシ島マナド )とタラカンに上陸します。

よく「日本はインドネシアを侵略した。」といいますが、正しい表現は「日本は宣戦布告を受け、オランダ領東インドに進攻した。」だと思います。

この辺のことを詳しく知りたい方は「蘭印作戦」(蘭印=オランダ領東インド)や「H作戦」で調べてみるといいと思います。

インドネシア独立に向けた日本の動き

日本の占領下となったオランダ領東インド(現インドネシア)での独立に向けた動きは以下の3点がポイントです。

  • スカルノ、ハッタらの解放と協力の要請
  • PETA/ペタ(郷土防衛義勇軍)の発足
  • 独立準備調査会と独立準備委員会
  • インドネシア独立宣言

スカルノ、ハッタらの解放と協力の要請

インドネシア独立後初代大統領となるスカルノはもともとはインドネシア反植民地運動をするインドネシア国民党リーダーでした。オランダの植民地支配にとって危険な存在として禁固刑を受けたり流刑となっていました。日本軍は囚われていたスカルノやハッタを開放し日本軍への協力を要請。スカルノらも民衆総力結集運動を組織し日本に協力しオランダら連合軍と戦うことを決意します。

PETA/ペタ(郷土防衛義勇軍)の発足

先ほど少し触れたペタですが1943年10月発足、インドネシア人部隊長がみずから各々の部隊を率いる民族軍部隊です。日本軍によって訓練され、のちの独立戦争時にペタ出身者が活躍します。

下のリンクではスカルノの演説と日本軍とペタの様子を見ることができます。日本とインドネシアの旗が並んでおり、現インドネシア国歌「インドネシアラヤ」もその時の映像で使われています。

独立準備調査会と独立準備委員会

1944年9月7日当時の小磯 國昭首相が小磯声明としてインドネシアの将来の独立を正式に発表。1945年3月1日に独立準備調査会(BPUPKI)設置。その後独立準備委員会(PPKI)に引き継ぎ独立宣言草案、憲法草案等を作り実行に移すために動いていきました。

下のリンクでは小磯声明を受け当時のインドネシアでの式典の様子を見ることができます。ちなみに動画のタイトルは Janji Kemerdekaan Dari Jepang(日本からの独立の約束)

インドネシア独立宣言

日本終戦の翌日、インドネシア独立宣言の打ち合わせを行いました。前田精日本海軍少将がスカルノやハッタを公邸に招き、日本人5名を含む約50名ほどの会議が行われました。そして翌日の独立宣言となります。

10万ルピア札の図柄にもなっている独立宣言文の日付は西暦ではなく皇紀が使われている事でも有名です。宣言文の日付は、hari 17 bulan 8 tahun 05、(05年8月17日)。05年というのは、当時の日本の年号皇紀2605年の事です。

独立宣言草案を一緒に作ったので皇紀が採用されるのは当然と言えば当然ですけど、これを見るたびに植民地支配と命を懸けて戦った人たちのことを思います。

負の側面

ここまでインドネシアの独立にどのように日本がかかわってきたかという事にフォーカスし書いてきました。なので、全てがうまくいって素晴らしいって感じに見えてしまいますがたくさんの問題があったのも事実です。

ペタの訓練中に死者が出たり、独立を急ぐ人たちとの衝突があったり。これは書きましたが、日本の敗戦後武器を引き渡さないよう命じられた日本と独立派の衝突も起きました。全てがきれいに回っていたわけではありませんのでその事も付け足しておきます。

最後に

インドネシアに住んで何度か「あのころの日本は極悪だが、今の日本は好きだ」みたいなことを何度か言われたことがあります。今の20代、30代のインドネシア人が何であの頃の日本人を知っているのか??ソースは何?証拠は?って思いましたがもちろんそんなものないでしょう。偏った学校教育や「事実をもとにしたフィクションです」って類の極悪日本兵が出てくるドラマなどで、そういうイメージがかたまっていったのだと思います。

そういう話が好きな一方、オランダと戦い独立を勝ち取った自国の歴史をあまりよく理解していなかったりします。

何が言いたいかというと普通の人の歴史認識なんて自分の中に出来上がったイメージがすべてです。ソースや証拠なんて気にしないし、その割に自分の中のイメージをかたくなに信じてます。昔のことだしいちいち勉強して正しく理解しようようなんて思う人はほとんどいません

でも特に海外に住む日本人には正しく知ってほしい。ソースや証拠のしっかりした情報をもとに勉強してほしい。 そして戦争に参加した自分のじいちゃんたちの世代に誇りを持ってほしい(若い人にはひいじいちゃんの世代かな?)。って思ってます。ぼくもまだまだ勉強中ですが。

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